「あの人、急に痩せてきたと思わない?」
「もしかして癌じゃない?」
急に痩せてきた人を見て、癌じゃないかと冗談を言いあっていたら、本当に癌だった。そんなことが時々おこる。
TBSの報道番組「NEWS23」のキャスターを務める筑紫哲也氏が癌を告白して番組を降りる前にもそんな会話を友人と交わしたのを思い出す。癌に伴う食欲不振や体重減少、全身の倦怠感などは「るい痩(るいそう)」と呼ばれ、癌の病的状態と死亡の主要な原因と考えられている。
シドニーにあるSt. Vincent’s HospitalのJohnen Hら豪チームは、進行したがん患者が食欲低下を起こす原因となるたんぱく質を特定し、そのたんぱく質に対する抗体が食欲回復に役立つことをNature Medicineの11月4日号に報告した。
これまでに、るいそうには多くのサイトカインが関係することが示されてきたが、今回、研究チームは多くのがん細胞で産生されているサイトカイン、マクロファージ抑制性サイトカイン1(Macrophage inhibitory cytokine-1:MIC-1)に着目して研究を進め、癌に伴う体重減少とMIC-1量が相関することを明らかにした。
前立腺腫瘍を異種移植したマウスにおいて、食事摂取量低下に伴う体重減少は、MIC-1濃度高値と関連し、MIC-1に対する抗体を投与することで体重減少は抑制された。
さらに、MIC-1を全身投与した肥満マウスでは食欲低下と体重減少が認められ、MIC-1を過剰に発現させたトランスジェニックマウスでも同じ現象が観察された。MIC-1は、視床下部のTGF-β受容体Ⅱ、細胞外シグナル調節キナーゼ1及び2、Stat3、ニューロペプチドYとプロオピオメラノコルチン等との関連が示唆された。
こうしたことから、MIC-1は食欲の中枢性調節因子として働いている可能性が考えられる。もしかしたら、癌に伴う食欲不振と体重減少や肥満の治療ターゲットとして、MIC-1は有力な候補となるかもしれないのである。
▼【PubMed】Nat Med. 2007 Nov 4;1333 – 1340
Tumor-induced anorexia and weight loss are mediated by the TGF-beta superfamily cytokine MIC-1.
→Original Article
一昔前、MIC-1に注目して炎症性疾患を制御できないかという研究がすすめられた時期があったことを思い出す。個人的には、そんなもので炎症性疾患が治療されるとは思ってもいなかったが、なるほど、悪液質に対して利用するという手があったのか!
悪液質(cachexia)とは、慢性疾患の経過中に起こる栄養失調に基づく病的な全身の衰弱状態のことであり、るいそうも悪疫質の一種である。がん細胞は分裂、増殖する過程で患者に必要な栄養素を奪い取って成長していってしまう。
栄養をつけなければ病に太刀打ちも出来ないわけで、慢性疾患における食欲不振は、実に大きな問題なのであろう。このような患者QOL低下をきたす病的状態は、今後の創薬ターゲットのひとつになってくることだろう。