[Science][Nature] iPS細胞の研究競争

 iPS cell

 いわゆる体を構成しているありふれた細胞、体細胞を初期化して何にでも分化可能な誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を作る過程には、4種類の転写因子(Oct4,Sox2,c-Myc,Klf4)をレトロウイルスベクターで導入することが必要であった。これは、京都大学の山中教授が最初に皮膚で報告したときのことである。
 
 いまや、世界中を駆け巡ったiPS細胞の衝撃は、研究を一気に加速し、当初の発表を過去のものにしようとしている。科学総合誌として影響力を競い合うNatureとScienceが、最新号でそれぞれiPS細胞に関する最新成果を掲載している。

 
 
 ■ もう4因子は必要ない? マウス神経からの作成 Nature
 
 Natureが取り上げたのは、Max Planck分子生物医学研究所のJ B Kimらの報告である。iPS細胞の臨床応用にあたっては、C-mycなど癌に繋がる可能性のある因子できるだけ除き、少ない因子で作成できるほうが望ましい。
 
 今回、Kimらは、胚性幹細胞に比較してSox2やC-mycの発現レベルがもともと高い神経幹細胞に目をつけた。彼らは、生体マウスの神経幹細胞に外来性のOct4にKlf4あるいはc-Mycを加えるだけでiPS細胞を作成できることを示した。生体マウスの神経幹細胞を用いて2因子を加えるだけで多能性の誘導を実現できたということは、多能性誘導にあたって補充する因子を適切なレベルで内在的に発現している体細胞を利用すれば、初期化因子を減らすことができることを意味していると思われる。
 
 ■ 生体マウス肝および胃からの多能性幹細胞樹立 Science
 
 Scienceが取り上げたのは、京都大学のグループの成績である。こちらは、生体マウスの肝細胞および胃上皮細胞からiPS細胞を樹立したというものであり、特定部位へのレトロウィルス挿入は必要ないことを報告している。
 
 彼らが今回樹立したiPS細胞のクローンは、生殖系列キメラを形成する能力があり、肝臓由来のiPS細胞はアルブミン発現細胞に由来することが示された。また、複数のクローン間で共通のレトロウィルス挿入部位は見出されなかった。こうしたことから、著者らは、iPS細胞は体細胞に直接働きかけて初期化を誘導し、多能性の誘導に特定部位へのレトロウィルス挿入は必須でないことを示した。

 なお、Scienceに掲載された報告は、掲載号こそ8月号と新しいが、実際には今年2月頃からPubmed上で抄録を確認できた論文であるため、何ら新しさを感じない読者もおられることだろうことをお断りしておく。

PMID: 18594515 > Nature. 2008 Jul 31;454(7204):646-50.
Pluripotent stem cells induced from adult neural stem cells by reprogramming with two factors.

PMID: 18276851 > Science. 2008 Aug 1;321(5889):699-702.
Generation of pluripotent stem cells from adult mouse liver and stomach cells.

 山中氏は、すでにc-Mycを使用しないiPS細胞の樹立にも成功しているが、この方法ではiPS細胞の誘導効率が低いなどの問題もあった。こうやって、iPS細胞の誘導技術の最適化や標準化が進むことが期待される。

新聞紙上などでも週に1回はiPS関連の何らかの記事を見かけるような気がする。この狂乱騒動(僕にはそう思える)のなかで、着実に成果を出し、一歩一歩、丁寧に研究を前へ進めている山中グループの仕事には関心する。
 
 周囲に喧騒に惑わされることなく歩みを進める姿はみならいたいものである。