[Nature] 脂肪細胞の運命 

筋骨隆々、あのたくましかった男が時を経て”ぷよぷよ”のおじさんになっている。

これはなんだか寂しいものである。

2008年8月21日号のNatureでは、褐色脂肪細胞が骨格筋系列から成り立っているという今までの考え方とは異なる意外な発見が取り上げられた。同じ冊子で、褐色脂肪細胞形成とエネルギー消費に骨を形成するときに働くタンパク質が関係することも報告されている。

もしかしたら、これらの報告には、ぷよぷよの彼を救うヒントが隠されているのかもしれない。

脂肪を蓄積する役目を担う脂肪組織には、脂肪の燃焼(カロリー消費)を担う褐色脂肪組織と、脂肪の蓄積を担う(トリグリセリドの主要貯蔵庫である)白色脂肪組織の二つがある。もし、これらの組織を制御できれば肥満解消に繋がる可能性が考えられる。

これまで、白色脂肪組織、褐色脂肪組織の発生運命や機能を決める因子は、はっきりとわかっておらず、漠然と共通の脂肪前駆細胞から発生するのだろうと考えられてきた。

今回、ハーバード大大学院のY-H Tsengらは、骨形成タンパク質(BMP)-7は褐色脂肪細胞形成の全過程を活性化する一方、白色脂肪細胞の分化は促進しないことを見出した。

例えば、BMP-7を欠損させた胚では、褐色脂肪が著しく少なくなり、褐色脂肪細胞の識別マーカーであるUCP-1はほぼ見られなくなった。逆に、アデノウィルスを媒介してBMP-7をマウスに発現させると白色脂肪細胞は増加せず、褐色脂肪の量やエネルギー消費量が増加し、体重増加が抑制された。

BMP-7が活性化する因子には、このほかにもペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR-γ)やMAPキナーゼなどのほか、褐色脂肪への分化初期調節因子であるPRDM16(PR-domain-containing 16)など様々な因子がある。

BMP-7が活性化する因子の一つ、PDRM16を欠損させた実験を同大学のP Sealeらが行っている。Sealeらは、褐色脂肪細胞からPDRM16を欠損させると褐色脂肪細胞の特徴が失われ筋細胞への分化が促される一方、筋芽細胞にPRDM16を異所性に発現させると褐色脂肪細胞への分化が誘導されたことを報告した。

このほか一連の実験により、PMRM16は、筋と褐色脂肪の間で細胞運命を切り替えるに方向性スイッチを強力に調節できることが示された。これら一連の成果は、白色脂肪や筋前駆細胞にPRDM16の発現を誘導する化合物を作ることで、肥満治療薬として使える可能性を示している。

Nature 454, 1000-1004 (21 August 2008) | doi:10.1038/nature07221;
New role of bone morphogenetic protein 7 in brown adipogenesis and energy expenditure
Nature 454, 961-967 (21 August 2008) | doi:10.1038/nature07182;
PRDM16 controls a brown fat/skeletal muscle switch

骨形成因子であるBMP-7は、当初、骨組織を誘導する因子として見つかったが、腎や神経の再生作用も報告されている。

このような骨の形成に関わる因子が脂肪組織の分化を調節し、エネルギー収支にも関わっているというのは、骨が体重を支える支柱をつくるものであるという観点からとらえたとき、面白いんじゃないかと考えた。

筋肉がスイッチひとつで脂肪組織に分化するという話は、運動選手が運動をしなくなると筋肉が落ちて脂肪に置き換わっていくというはなしとも繋がるような気がし、僕の妄想はふくらみはじめるのであった。