[Nature] 脂質と血糖値をつなぐもの

 メタボ検診のはじまりをうけて、各種メディアをメタボリックシンドロームという言葉がにぎわしている。メタボリックシンドロームとは、肥満や高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、それぞれ独立した病気ではなく、相互に深く係わり合いをもつひとつの概念として扱おうとしたものである(一般的には、内臓脂肪型肥満によりさまざまな病気を引き起こしやすい状態とされる)。
   
 今回、トロント総合病院のP Y T WongらがNatureに報告した成績は、肥満または糖尿病の患者で血中グルコースを低下させるための新規標的となり得るターゲットを示すものである。
 
 これまでに、ラットなどげっ歯類やヒトでは、腸内に脂質があるだけで栄養摂取が減ることが知られていた。研究者らは、小腸上部の脂質が腸→脳→肝臓神経軸を介してグルコースの産生を調節するのではないかとの仮説をたて、この検証に取り組んだ。
 
  
 ラットの小腸上部に脂質を投与すると、小腸上部の長鎖脂肪酸アシルCoAが上昇し、グルコース産生は抑制された。そして、この実験系にアシルCoA合成酵素阻害剤(トリアクシンC)を同時に投与すると、小腸上部の脂質によって引き起こされたグルコース産生の抑制効果は解除された。
 
 このことは、小腸上部の長鎖脂肪酸アシルCoAが吸収前のグルコース産生を調節していることを意味している。
 
 また、小腸上部の脂質によって引き起こされるグルコース産生は、
 
 ① 迷走神経(腸から脳へとシグナルを伝える神経)を横隔膜または腸において遮断した場合、
 ② 腸からの感覚神経が辿り着く脳領域にあたる第4脳室または孤束核にN-メチル-D-アスパラ銀酸イオンチャネル阻害剤を投与した場合、
 ③ 肝臓の迷走神経を切断した場合、
 
 において抑制または消失した。
 
 このことは、小腸上部の脂質が腸→脳→肝臓神経軸を介してグルコースの産生を調節するという研究者らの仮説を実証するものであり、これまで見過ごされてきたグルコース恒常性の調節経路が明らかになったこととなる。
 
 食事に含まれる脂肪分が消化されて小腸に到達すると、小腸に入った脂質シグナルは、脳に対して命令を送り、脳が「肝臓においてグルコース産生と血糖値低下のシグナルを出しなさい!」との指令を出すようにするわけである。
 
 高脂肪食を3日間とるだけで、この命令系統が麻痺してしまい(?)、小腸から脳へ向かって送られる指令が働かなくなるということなので、やはり、脂肪の多い食事をとることは、血糖値を維持するうえでも非常に問題であることが説明できることになる。
 
【Nature】Nature 452, 1012-1016 (24 April 2008)
Upper intestinal lipids trigger a gut?brain?liver axis to regulate glucose production

メタボリックシンドロームには、その診断について賛否両論あるが、生活習慣病をひとまとめの概念としてくくったところに、なかなか面白い研究の種が潜んでいるんじゃないかと感じている。