新しい研究成果ばかりを追いかけていると、大切なことを見失ってしまうことがある。
情報のスピードはどんどん速くなり、情報量は増える。
そして、情報は情報でしかなく、あらゆる情報には二面性が存在する。特に健康に関る情報は、間違いがあると大きな影響を及ぼしてしまうため、慎重にならなければいけない。
こう考えるとちょっと躊躇してかけなかったのだが、今日は雰囲気を変えていつもと違うスタイルで記事を書いてみようと思う。
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期待が大きければ大きいほど落胆も大きいものです。巨額の費用を投資して行ったサプリメントによるがん予防効果に否定的な結果が出て、「サプリメントでがん予防!」という期待は大きくしぼみつつあるかもしれません。
2009年1月、米国医師会雑誌JAMAに報告された前立腺がん予防の論文では、55歳以上(前立腺がんの多いアフリカ系男性は50歳以上) の男性35533名を対象とした追跡研究により、ビタミンやミネラルサプリメントによる前立腺がん予防効果が否定されています。
試験結果によると、平均5.5年の追跡で、ビタミンEやセレンなどのサプリメントを投与しなかった群に比較してビタミンEサプリメント(1日400個国際単位)を投与した群では1.13倍、ミネラルの一種であるセレン(1日200μg)を投与した群では1.04倍、ビタミンとミネラルをともに投与した群では1.05倍、前立腺がんの発生率は高くなっていました。否、正確に言うと誤差範囲の変化しかなく、ビタミンもミネラルも前立腺がん発生には影響がなかったと思える結果だといえます。
もともとこの研究がはじまったのは、ビタミンEによる肺がん予防効果を検討したある臨床試験で主目的の肺がんを予防できず、セレンを投与した皮膚がん予防効果の臨床研究で主目的の皮膚がん予防効果が確認できなかったが、いずれの試験においても事後分析で前立腺がんの発生率がサプリメント投与群で低かったことに端を発していると聞きます。
これらの研究以外にも2007年2月のJAMAに掲載された論文では、総死亡率がベータカロテンの投与で7%、ビタミンAで16%、ビタミンEで4%上昇するという結果が得られています。
マスメディアの広告欄をにぎわすサプリメント宣伝にももうそろそろ歯止めがかかっても良いのではないかとさえ思われる結果です。
欧米の研究によくみられることですが、大規模であればエビデンスが高いという論調があります。しかし、考えてもみてほしいものです。本当に優れた効果があれば、100人程度に確かめれば結果を分析するまでもなくある程度の効果は確認できるものではないでしょうか(個別化医療という視点でみれば、例外もありますが、多くの場合、あてはまるでしょう)。
科学の世界にはNNT(Number Needed to Treat)という考え方があります。NNTとは、患者さん1人がメリットを得るために、同様の患者さん何人に治療を行わなくてはならないのかを示す指数です。たとえば、ある試験において、目的とした効果が対照群で5%、治療群で25%だとすると、その差は20%ですので、5人治療して初めて1人に効果が得られると考えられます。この場合のNNTは5となります。
NNTが小さいほど効果が高い治療であり、NNTが大きいほど効果の低い治療ということになります。もし、効果が低い治療において対照と差を出したければどうしますか?簡単です。数多くの患者さんを試験に登録して大規模な数でもって小さな差をはっきりと見える形にすればよいわけです。
論調が少し誇張表現になってしまいましたが、大規模であれば良いという盲目的な信仰は良くないですよと言いたいわけです。その上で、大規模な巨額の投資をして行った試験で否定的な結果が出たわけですから、がん予防を目的とした積極的なサプリメント投与を薦める根拠は薄いといわざるを得ません。
なお、念のために言っておきますと、小さな差しかないから意味がないかというとこれは別問題であり、たとえば大勢の人にとって無駄かもしれなくとも、その治療によって救われる患者がいるのであれば、NNTが小さくても有効な治療というのは、あり得るものです。治療を行うことによる手間や費用とその効果、安全性を総合的に判断して、「その治療」が価値あるかどうかを判断するのは言うまでもありません。
有効性を出そうと思って臨床トライアルが行われますが残念な結果が得られたとき、この結果を公表することは勇気のいるものです。否定的な結果を、その後にどのように活かしていくかが、もっとも重要なことでありましょう。
Reference
JAMA. 2009;301(1):39-51. Published online December 9, 2008 (doi:10.1001/jama.2008.864).
Effect of Selenium and Vitamin E on Risk of Prostate Cancer and Other Cancers
The Selenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial (SELECT)
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/301/1/39
JAMA. 2007;297:842-857.
Mortality in Randomized Trials of Antioxidant Supplements for Primary and Secondary Prevention
Systematic Review and Meta-analysis
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/297/8/842